ふるふる新卒就職活動記録2000


第4章 エントリーだ!!3回生ふるふる出陣


次に待ち構えてるのは、企業採用試験の応募です。
これをエントリーと呼ぶことがあります。
このエントリーのしかたですが、企業によってバラバラです。

例えば、大学の就職指導部に求人票がやってくることがあります。
また、自宅に直接企業側から採用試験案内が届くことがあります。
あまり知られていませんが、ハローワークでも、地元密着企業ならば、新卒対象者でも情報が得られます。

ちなみに、企業が採用試験案内を送ってくるのは、3年生の冬ごろです。

で、身も蓋もない現実を、はっきり突きつけておきます。
実は、この案内状の届く量は学歴のよさに正比例します
これだけは、不況であっても変わらないみたいです。
管理人は、前述の通り、偏差値だけは高い大学だったため、武田薬品を初めとして、当時の山之内製薬、三共など
大体知られている製薬企業からは、採用試験の要項案内が届いていました。
他にも大学の就職指導課に行けばどこが募集をかけているかはすぐに知ることができました。

もうひとつ重要なことを書いておきます。

企業には、大学の派閥が存在します。
言い換えれば、ある大学出身者が多数在籍するとか、ある大学と交流が深いということで、
特定の大学から入りやすい企業があるわけです。
そういう場合、自動的に応募条件が限られてしまうことがあります。
世間でよく言う「就職に強い大学」というのは、
この企業と大学のコネが強いところを多数持っていると言っても過言ではありません。
しかし、最近では企業側も、少しでもいい人材を集めようと、このような派閥にとらわれず、
応募の枠だけは広く取ろうという傾向があるようです。
バブルの時には、企業側から大学生に電話がかかってくるということが
当たり前のようにあったそうです。
しかし、管理人の時代には、こんな話はまず聞かなくなりました。

さて、こういったエントリーを進めたり、企業研究をするうちに、管理人は、MR(医薬情報担当者)という仕事があることを知ります。
医薬情報担当者というのは、製薬企業の営業と言えば一番分かりやすいです。ただ、営業宣伝活動だけではなく、
ドクターの研究会や学会を取り持って主催または共催する、ということもやりますし、
医薬品の知識を医療機関に「勉強会」という手段をとって、プレゼンすることもその仕事の中に含まれます。
私はこの後者の方に目をつけました。
製薬企業の製品知識を身につけて、その知識を大きく社内にも広めることが出来るのではないかと思ったからです。
実は、この後者に重きを置く仕事があります。それは学術と呼ばれる部門です。
その部門の名称は、企業によって多少違えども、製薬企業ならどこにでも存在します。
なぜならMRを育て上げるのに、新人のみならず、すでにベテランのMR相手にも終身教育として
研修することが必要だから
です。MRは、終身教育が義務付けられているのです。
企業内での製品知識の先生になるという道、学術。

私の進むべき道、というより進みたい道が見つかりました。
営業という現場を知って、この学術に進もう。と。
応募職種は、MR(医薬情報担当者)。その動機もおぼろげながら上のようなかたちで仕上げました。

情報と動機は準備が出来ました。
あとは、それぞれの企業から届いた応募案内にしたがってエントリーシートを郵送したり、電話で応募です。
もちろん、大学の就職指導課に行って、管理人の大学だけに届いている応募枠にも目を通しました。

さて、エントリーですが、当時、今ほどネットが一般的ではなかったので、多くは郵送か電話応募となっていました。
郵送はともかく、電話は本気で緊張します
使い慣れない敬語。着慣れないスーツ。場所やアクセス方法の確認。
どれもこれも初めての世界です。
だからこそ、準備だけはしっかりと調えておきます。履歴書は言うまでもありません。

最初に応募したのは、中外製薬でした。
次に、武田薬品工業、山之内製薬、日本ケミファ、東京田辺製薬、日本新薬、田辺製薬、住友製薬
グラクソウエルカム、ファイザー製薬、塩野義製薬、イーライリリー、北陸製薬、富山化学、旭化成
と続きました。

それぞれの募集人員はせいぜい10〜70人程度、外資系企業はかなり枠が広いにしても100人前後が標準でした。
そこに薬学部以外の学部を含む数千人の学生が、エントリーします
倍率は100倍なんて軽く超えます

いよいよ、賽は投げられました。受験戦争よりも苦しく、厳しい狭き門と言われている就職活動が今始まりました。

3月1日。中外製薬会社説明会が始まります。


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