管理人ふるふる新卒就職活動記録2000


第1章 業界全体を考察する



まずは、客観的なことからお話をしましょう。
当時1999年と言えば不景気まっしぐらでした。(2000年卒業見込みならば、その人の就職活動は、その1年以上前から始まります)

大半の企業の株価は、バブル崩壊のときから見ても半分以下の値をさしていました。
株価は、企業という会社の力を示すものさしとなりえます。企業の中には、全盛期の1/10の価格にまで値下がりしている企業も珍しくはありませんでした。
誰もが名前を知っていた大企業・山一証券も倒産、銀行業界や保険業界を中心として、単独で生き残ることが不可能と判断した企業は、まさに合併の嵐でした。
そして、合併や業績悪化に伴い、あぶれる社内人員。リストラや再編成の波。バブルの時のツケを払わされるために、どこの業界も余裕がなくなっていました。

当然、その余裕の欠如という事象は、新人を育成する、つまり新卒採用の枠の広さにも深く暗い影をおとしていました
バブル絶頂期には、有名大学に入れば、有名企業に入れるというエスカレータ方式で、身の上の安泰がある程度、保障されていました。
ところが、バブル崩壊にともない、有名大学出身者であっても、どこも就職が決まらない時代に突入したのです。
有名企業では軒並み100倍以上の競争率、企業によっては大学や年齢制限(主に留年生)で門前払いにされることも少なくありませんでした。
これが、最もひどかったのが、管理人が企業就職活動を始めた前後、1999年から2003年ごろまででした。
俗に言う第二次ベビーブームの世代は、最も過酷で厳しい就職活動を強いられたのです。

これを、人は就職超氷河期と呼んでいました。


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